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【第1回】人手不足だからAIでーそれは本当か? 生成AI時代、企業をどう変えたらいいのだろう

【第1回】人手不足だからAIでーそれは本当か? 生成AI時代、企業をどう変えたらいいのだろう

2025年6月の前回特集では、東日本大震災の教訓を手がかりに、BCP(事業継続計画)の再設計や、予測不能な時代における企業レジリエンスのあり方を考察しました。

今回の特集では、「生成AIの急速な進化」と「人手不足の深刻化」という、現代の企業が直面する二大潮流に焦点を当てます。単なる省人化・効率化の文脈では語りきれない、仕事の意味や人材の価値が根本から問われる時代。果たして、「人手不足だからAIで」は正解なのか?

本連載(全3回)では、社会文化研究家・池永寛明氏の視点を通して、組織と働き方を抜本的に見直すためのヒントを探ります。今、企業に求められるのは「人が集まり、育ち、辞めない」組織の再構築。そして、生成AI時代を生き抜くための新たな企業力とは何かを共に考えていきます。

プロフィール

池永寛明(いけながひろあき)
社会文化研究家(元 大阪ガスエネルギー・文化研究所所長、元 日本ガス協会企画部長)

(略歴)大阪ガス株式会社理事・エネルギー・文化研究所長・近畿圏部長・日本ガス協会企画部長
(現在)日本経済新聞note 日経COMEMO キーオピニオンリーダー(https://comemo.nikkei.com/
関西国際大学客員教授・データビリティコンソーシアム事務局長・Well-Being部会会長・
堺屋太一研究室主席研究員・未来展望研究所長・IKENAGA LAB代表等
(著書) 「日本再起動」「上方生活文化堂」など

第1回:「人が集まらない時代の正体」
─ 求人難ではなく、“適合不全”が起きている ─

2025年6月の前回連載では、東日本大震災の教訓を手がかりに、BCP(事業継続計画)とレジリエンス経営の本質を見直しました。そして今回の連載では、「生成AIの進化」と「人手不足の深刻化」という、現代の企業にとって避けて通れない二つの大きな潮流に焦点を当てます。

「若手が定着しない」「求人を出しても誰も来ない」。これは一部の業界に限られた話ではなく、いまや社会全体を揺るがす構造的な問題です。
しかし本当に人が“足りない”のでしょうか? 本質は、仕事・組織・職場文化が「働く人」と合っていない“適合不全”にあります。
本編では、若手の価値観と企業構造のギャップを読み解き、いま企業が問われている「信頼のつくり方」「定着のデザイン」に迫ります。

はじめに

──「人手不足」という言葉では見えない、本当の危機とは何か?

いま、日本企業は「静かな危機」に直面している。
表面上は人手不足の問題に見えるが、その本質は単なる労働力の量的な不足ではない。企業の仕事のあり方そのものが、社会や価値観の大きな変化に適応できなくなりつつある、深層構造の揺らぎに他ならない。

たとえば
・賃金を上げても、必要な人材が集まらない
・AIやデジタル化(DX)を導入しても、想定したような効果が出ない
・若手社員は定着せず、中堅層の離職も相次ぐ

こうした現象の背景にあるのは、「要員数の不足」ではなく、仕事の内容、組織構造、働き方、人材育成、時間と空間の使い方といった“働くという営み”の全体が、社会の変化に追いついていないことにある。

かつて当たり前だった仕事観、組織観、評価観がすでに時代遅れとなり、今の働き手たちの価値観とすれ違い始めている。「人が足りない」のではなく、「人が意味を感じられる場」が失われている。

本特集では、この問題の本質に迫るとともに、「生成AI」という新たな技術の登場が何をもたらすのかを考察したい。
生成AIとは、単なる業務効率化のツールではない。それは、仕事・人・組織・時間・空間の定義そのものを再構築し、企業の在り方を根本から見直す契機となる存在である。

今こそ企業は、「仕事をどうするか」だけでなく、「働くとは何か」を問い直し、「人が集まり、育ち、辞めない」組織へと進化すべき時に来ている。

第1章 人手不足の本質はなにか? 〜 時代適合不全としての企業危機

人手不足、人が集まらないー採用難の陰で進行しているのは、企業と人材の関係性の変容である。かつて「人を選ぶ側」だった企業は「人に選ばれる側」へと立場が逆転し、従来の経営モデルが通用しなくなっている。

1-1 終身雇用・年功序列の崩壊

かつての日本型経営モデルは、終身雇用年功序列を軸に社内で人材を育成し、社内で完結するキャリアを前提としていた。新卒で正社員を一括採用し、長期雇用の中で計画的に人材を養成する――そうした社内育成終身的な社内キャリア形成が当然視され、業界内や社内の論理が物事の基準となっていた。これらの仕組みにより企業は人材を囲い込み、じっくりと自社流に育て上げることが可能だったのである。

しかし、現在では状況が一変した。
少子高齢化によって労働人口そのものが減少し、転職市場やフリーランスの市場が拡大している。専門スキルは社外で身につけられる時代となり、キャリア形成の主導権は企業から個人へと移行した。もはや企業は従来のように人材を抱え込むのではなく、むしろ個人の成長を支援する場へと変わらなければ、時代に取り残される時代となった。

• 少子高齢化で絶対的な人材供給量が減少している
• 転職市場・フリーランス市場が拡大
• 専門スキルは社外で獲得する時代
• キャリア形成の主導権は企業ではなく個人に移行

企業は「人を囲い込む存在」から「人の成長を支援する存在」へとシフトしなければならない時代になっている。

1-2 若手が定着しない理由

多くの企業で若手社員の早期離職が顕在化している。入社して3年以内どころか、1年以内、半年以内、極端な場合は数週間や数日で辞めてしまうケースさえある。

要因は様々だが、その主な背景の一つに、若手が「この会社で働く意味」を見出せないことが挙げられる。仕事に意義を感じられず、自身の成長も実感できない。上司と定期的に深い対話をする機会が少なく、会社の将来ビジョンが共有されていない。さらに、仕事の進め方が旧態依然としたままで、若い世代の感覚に合わない。

• 仕事の意義が実感できない
• 成長実感がない
• 上司との対話機会が少ない
• 会社の未来像が見えない
• 仕事の進め方が古いまま

要するに、若手世代にとって会社とは自己実現の場である。その自己実現感が希薄な会社では、その会社に留まる理由を見いだせなくなってしまう。

1-3 価値観の逆転

世代間の価値観には明らかな断層が存在する。戦後から高度経済成長期、バブルの興隆と崩壊を経験した従来世代と、それを知らない若手世代とでは、働くことに対する考え方が大きく異なる。

従来世代は安定を最優先し、終身雇用を前提に会社中心の人生を歩む傾向が強かった。それに対して若手世代は自己成長を重視し、社外でも通用するスキルの習得やワークライフバランスを求める。また、上の世代が上司の命令に忠実であることを美徳・当然としたのに比べ、若手は上司との対話による納得感や主体性を大事にする。

要するに、彼らが会社に求めているのは「この会社でしか通用しない技能」ではなく、社外でも活かせる仕事力――“持ち運び可能な成長資産”なのである。企業と人材の関係性は、「人を選ぶ側」から「人に選ばれる側」へと完全に逆転しようとしている。この転換を理解できなければ、企業は若者から選ばれなくなってしまう。まさに、働き手と企業の力関係において、主語が変わったのである。

第2章 AI・DX幻想の落とし穴

AIブームに沸く今、多くの企業が人手不足の解決策としてAIやデジタル化(DX)に期待を寄せている。しかし、仕事のあり方自体を見直さないままテクノロジーに飛びついても、思わぬ混乱や非効率を招きかねない。

2-1 ツール導入だけでは成果は出ない

AIやITシステムを導入すれば人手不足が解消すると考える向きもあるが、実際には道半ばで挫折する例が少なくない。典型的な失敗パターンとして、次のようなケースが挙げられる。

・業務全体の構造を見直さずにシステムを導入する
・従来の仕事のやり方を「そのままIT化」する
・現場の実態を十分把握しないままのシステムを設計する
・結果として、「使われないAI」「現場負荷だけ増大」

業務全体の構造を見直さないまま、システム導入に踏み切ってしまう。従来のやり方をそのままIT化してしまう。現場の実態を十分に把握しないままプロジェクトを進め、結果としてせっかく導入したAIが使われないツールになってしまったり、現場の負担だけがかえって増大したりすることも珍しくない。

部分最適なAI・DX導入が、逆に新たな非効率を生み出してしまうという本末転倒な結果にもなる。

2-2 仕事の再定義なきAIは機能しない

本来、AIを導入する前にまず取り組むべきことは「仕事の再定義」である。しかし多くの企業が、この当たり前のプロセスを飛ばしてしまっている。

• 何のための仕事なのか?
• 誰が、どの役割を、どこまで担うのか?
• AIが担うべき役割はなにか?
• 人がすべき仕事はなにか?
• 人が集中すべき創造的価値とはなにか?
• 私たちはなにを実現するのか?

AI導入以前に立ち返り、いくつかの基本的な問いを自問する。「その仕事は何のために存在するのか」「誰がどの役割をどこまで担うのか」「AIが担うべき役割はなにか」「人間が集中すべき創造的な価値とはなにか」

これらの問いに真正面から向き合い、仕事の設計図を描き直さなければ、AIを導入しても成果は上がらない。AIは本来、人間との役割分担を明確にし直した上で初めて活用できる道である。しかし、それを十分に実践しないまま、漫然とテクノロジー導入に走る企業も多い。

(次号につづく)