コロナ禍後社会はどうなる(第3回:働くための「場」はどこへ行くか)
新型コロナウイルスの世界的流行は、世界を大きく変えたと言われています。
いま私たちも、その新しい世界の中でもがき苦しみ、ときには喜び楽しみながら流れに身を委ねている状態です。
では、この流れはどこに行き着くのでしょうか。
コロナ禍が終わったとき、この日本社会はどうなっているのか、何が求められていくのか、働き方はどう変わるのか。
コロナ禍後社会を研究している社会文化研究家 池永寛明氏にインタビューしました。
連載でお送りしていきます。
目次
プロフィール
池永寛明(いけながひろあき)
社会文化研究家(元 大阪ガスエネルギー・文化研究所所長、元 日本ガス協会企画部長)
・日本経済新聞 note 日経COMEMOキーオピニオンリーダー
(https://comemo.nikkei.com/)
・大阪大学 Society5.0 実現化研究拠点支援事業 (一社)データビリティコンソーシアム 事務局長・well-being部会会長
堺屋太一研究室所長
・大学・企業等向けの講演講義多数
・著書(日本再起動」「上方生活文化堂」など)
第1回では、コロナ禍という「リセット」を契機として、社会的な価値観の大きな変化が行動様式を変えていくという話を、第2回では、行動様式の変化はテレワークという形で現れており、それによる時空間の変化が価値観の変化を生んでいるという話をご説明しました。
今回は、働く「場」の変化について話ししていきたいと思います。
テレワークがもたらす時空間の変化と仕事の変化
テレワークがどんどん増えていくと、仕事をする場所や時間が変わっていきます。それは私たちも、私たちのお客さまも然りです。そうすると、次に起こることは何か? 仕事の進め方が変わっていくことになるでしょう。
顔を合わせない分、濃密な報連相を求められることが増えるでしょうし、物事の過程よりも結果を問われることも増えるでしょう。これはすなわち、求められる仕事の質の高さがどんどん高くなっていくということであり、「誰が・いつ・どこで・何のために・何を・どのようにすべきか?」という、仕事そのものも大きく変わっていくことになります。
働くための「場」はどこへ行くか
「会社」というのは、ある目的や事業のために同志が作った集まりです。同時に、その目的や事業を達するための「場」でもありました。
ですがいま、テレワークが普及したことによって、働くための「場」として設けられた建物の中に、人が1人もいない、というような状況も生まれているのではないでしょうか。
このようなことが起こる理由として、「1人だけで行う在宅勤務・テレワークは便利で効率的だから、出社する意味がない」という声を聞くことも多いかと思います。
そうであるなら、働くための「場」=オフィスを用意する必要性はなくなるのか?という疑問が湧く方もいらっしゃることでしょう。これについては、少なくともこれまでのような「場」では時代の変化についていけないだろうと考えています。
一方、当然ながらテレワークも万能というわけではなく、課題を指摘されています。それは「仕事を深めたり、幅を広げたりすることが難しい」という点です。また、会社という「場」で仕事をすることに比べ、孤独を感じやすく、取り残されていないかという不安が生じやすくなるとも言われています。
このような課題が見えてくるのに伴い、会社や社会に対して、誰かと一緒にいることができる自宅以外の「場」や、交流・共創活動を通じて価値を生み出す「場」を作ってほしいというニーズは強まっていくのではないでしょうか。そして、そのような「場」でなされるコミュニケーションへの欲求も高まっていくことでしょう。
オンライン会議とコミュニケーション問題
さて、コロナ禍は「時間と場所の構造変革」「時空間の変化」ということで、これまで「時」や「場」について話をしてきましたが、ここで一旦「コミュニケーション」の話を先にしておきたいと思います。
実は、普及に伴ってテレワークの課題が顕在化してきたのと同じくして、ビジネス現場における新たな問題点が浮かび上がってきました。それは、「コミュニケーション問題」を挙げる管理・監督者が増えてきているという点です。
すなわち、テレワークが増えることに伴い、みんなが一緒に集まる「場」が大きく減ってしまったことによって、コミュニケーションを取りにくくなったと感じる人が増えているのです。
ビジネスにおいて、人と人の関係性の醸成や着想・発想、意思決定などを行っていくうえで、コミュニケーションは重要なものです。そして会社では、そのようなコミュニケーションを行う「場」として、会議や打合せがセットされていたのではないでしょうか。そのような会議や打ち合わせがオンライン化され、リアルの会議が減った結果、このような問題が顕在化しつつあるのです。
オンライン会議の弱点
みなさんは「メラビアンの法則」というものはご存知でしょうか。コミュニケーションの議論において取り上げられる研究結果として、約50年前、1971年にアルバート・メラビアンという心理学者が提唱した法則です。
その中身は、『人と人とのコミュニケーションにおいて影響を与えるものは、言語情報7%、聴覚情報38%、視覚情報55%のウェイトとなる』というものです。
オンライン会議は、とりわけ視覚情報が欠落しがちなのです。1人1人の顔がカメラで映されていても、反応としてどういう表情をしているのか確認するのは難しく、カメラが会議室の複数人を映す形であればなおさら困難となります。また、そもそもカメラがOFFになっていれば視覚情報は皆無です。
つまり、「コミュニケーションに多大な影響を与える視覚情報が欠落しがちな状況で、コミュニケーションを取る必要がある。だから多くの人が悩んでいる。」というのが実情なのではないでしょうか。
オンラインでのコミュニケーションの改善方法
ではどうすれば、オンライン会議でのコミュニケーションが改善できるのでしょうか?
まず、オンライン会議をリアルである対面会議の代替と考えない、新しい会議の形態と考えることです。さらにこれからの会議のあり方を考えると、対面会議かオンライン会議かの二者択一ではなく、対面会議とオンライン会議が混在したハイブリッド会議が増えていくでしょう。新たな会議で、どう意思疎通するかが論点です。
先に触れたメラビアンの法則も、対面会議を前提にしています。オンライン会議は視覚情報が欠落すると言いましたが、当然ながら、聴覚情報も対面会議と比べ欠落して、互いの情報伝達が円滑におこなわれていないのが現状です。
さらにオンライン会議で変わったこととして、対面会議では普通だったホワイトボードを活用しての議論の整理を行っていないケースが多くなり、議論がまとまらない要因ともなっています。
では、55%の視覚、38%の聴覚が欠落する中で大切な要素は何か、それは残された7%の言語情報です。この7%をどれだけ引き上げることができるかが大切となるでしょう。そして、そのためにはホワイトボード機能やチャット機能を使い、文字で議論を共有するような、新たな会議のスタイルを出席者とつくり上げていくことが重要だと考えます。
とりわけチャット機能については、出席者から意見や質問が出るよう促すことができれば、従来の対面会議以上に議論が活発化する可能性もあると考えています。そして、文字でのコミュニケーションが得意な日本人ならではの会議スタイルもつくれるかもしれないのです。
世代間ギャップと暗号表
ここまではコロナ禍やオンライン会議の普及にまつわる視点でのコミュニケーション問題でしたが、そもそも皆さんもご存知の通り、コミュニケーションにまつわる問題は以前から顕在化していました。
みなさんも「世代間で断層がある」という話を耳にしたことがあるのではないでしょうか。実際、様々な世代間の断層は存在します。とりわけ学生時代や若い社会人時代における経済状況や技術導入が、その世代の価値観に影響し、最たる例としてはバブル景気を経験した人とそうでない人、経験してもどういう立場で過ごしたかによって変わる価値観だと言われています。
これらを俯瞰して見てみると、日本の高度成長・バブル期と、失われた30年の浮き沈みを経て、まさに今、1990年頃からの30年間に下図のような大きな断層が生じているように感じています。すなわち、「頑張る・競争する」仕事観と「分かち合う・つながる」仕事観に分かれる世代間の断層です。
そして、このような世代ごとに異なる仕事観がコミュニケーションの問題の一因となっていたのです。
さて、会社における「世代間」の代表例が「上司と部下」というのは衆目の一致するところかと思いますが、この関係においては互いに「意味が分からない」「訳が分からない」と愚痴をこぼしているのを耳にしたことがあるのではないでしょうか。
このような言葉が出てくる背景ですが、上司が部下に対して何かを伝える際、多くの場合は内容を「暗号化」(エンコーディング)して部下に伝えます。部下は暗号を解読(ディコーディング)し、再翻訳して聞くことになります。
ですがこのとき、上司が「暗号化」する際に使った「暗号表」を部下と共有できていなければ、部下は暗号を解読できません。そして「意味が分からない」「訳が分からない」になってしまうのです。一方で上司は「何で分からないのか」と感じることになるでしょう。
ですが、普通の会社で「物理的な暗号表」を備え付けている会社は皆無でしょう。では「暗号表」とは何かというと、多くの会社では「仕事に対する『共通的価値観』や『共通的知識・経験』『成功事例・失敗事例』」がこれに当たります。
したがって、互いに「意味が分からない」「どうして分からないのか」と言い合っている状態というのは、仕事観が異なる世代同士である上司と部下とで、「仕事の意味」が共有されていない状態と言えるのです。
既に変わっていた「情報観」
さて、先ほどは「世代ごとに異なる仕事観」について説明をしましたが、これに加えてもうひとつ重要な「世代ごとに異なる『観』」があります。
それは、情報との向き合い方、「情報観」です。
人々の「情報との向き合い方」もまた、コミュニケーションの問題の顕在化と同様、コロナ禍以前からの変化でした。現代は「1分間に500時間の情報が発信されている」時代と言われており、発信される情報量は20年前とは比較にならないほどに膨大になっています。もはや、物理的にすべての情報を確認することは不可能です。
そのなかで、このような情報量が普通となっている平成後半以降の世代にとって、「情報はフローであり、常時入ってくるものであり、フィーリングで受信し、最高・最良のものを感性で選ぶ」ということが当然になっており、これが彼らの「情報観」を形成しています。
しかし、昭和世代や平成前半世代は、「情報はストックであり、必要な時に必要な所に行って収集して、取捨選択するもので、平均値・最頻値を集めれば良い」と考えています。とりわけ情報を取捨選択するということを重要視します。発信される情報環境が大きく変わっているのにも関わらず、従来の「情報観」から変わっていない人たちがいるのです。
「情報観」の変化に対して必要なこと
では、このように「情報との向き合い方」「情報観」が変化する中での仕事はどうなっていくでしょうか。仕事も大きく変わっていかねばなりません。
先ほどもお伝えした通り、昭和世代や平成前半世代においては「情報を集め、取捨選択し、編集し、仮説を立てる」という流れを経てビジネスプランを立てていました。
しかし、現在は1分間に500時間の情報が発信される時代です。情報は集めなくても受信できるようになりましたが、玉石混交の様々な情報に向き合う必要も生まれました。ビジネスにおいて、「石」を掴むことは致命的です。どうすれば「玉」だけを抜き出すことができるでしょうか?
それは、物事を調べたり、お客さまと話したり・見たりするなかで得た情報を、個人の持つ知的基盤や会社の持つ知的基盤と照合し、確認し、融合・結合することによって可能となります。
このようにして情報から類推して、「玉」を抜き出すことができてようやく、「それを編集し、仮説を立てる」という流れに復することができるようになります。そして「実行、試行錯誤、結果の学習、過程の見直し、再実行」という流れ・プロセスを経てビジネスプランを立てることが、今の時代に求められる仕事の進め方だと考えます。
またそうであるならば、このプロセスで最良の結果を得るためにもっとも重要なことは、玉石混交の膨大な情報から「玉」を抜き出すための知的基盤です。そして、この知的基盤を厚くし、活用可能とすること、自社に都合が良いだけでなくお客さまにとっての知的基盤にもなりうるものにすることが重要です。
では、知的基盤を厚くし、活用可能にするために必要なものは何でしょうか?
まず個人の持つ知的基盤については、学びと知性、マインドです。ある情報に対して、「本当なのか?」「なぜなのか?」と問い、情報への理解を深めていく、これが学ぶ姿勢であり、マインドです。莫大な情報が行き交うデジタル時代においては、この姿勢が非常に重要であり、仕事に臨む上での新しいスタイルになっていくでしょう。
そして会社の持つ知的基盤はどうかと言えば、これらに加えてコミュニケーションです。
会社の知的基盤に含まれる「会社の歴史、成功・失敗事例、マーケット・顧客理解、技術開発の歴史、企業文化」といったものについては、大半が書物やインターネットで得ることのできないものです。上司・先輩・同僚・後輩、そしてお客さまといった人間とのコミュニケーションがなければ、この知的基盤を厚くすることも活用することもできないのです。
実は「学び」も変わっている
知的基盤の充実に不可欠な「学び」についても少しお話をしておこうと思います。
今までは、専門的な分野のプロを育てようとして、会社がその育成を行ってきました。ですがその大半は、会社の看板を背負うことで仕事ができる人、すなわち素人・アマチュアに留まっていました。
それがこれからは、働く場所・時間がどんどん自由になる中で、会社の看板に頼らず仕事ができる人、副業も含め自分の力で仕事を取ってくる人、すなわち玄人・プロが活躍していくことになると考えます。
では、どうすればそのような人財になることができるでしょうか。
専門的な知見を持つことは当然必要ですが、仕事をするためにはコミュニケーションを取ることのできる人物である必要があります。また、「石」を掴まず「玉」を掴む人物である必要があります。そのためには、知的基盤の厚さとその最新性を常に維持し続けることができる人物でないといけません。
すなわち、専門的ではなく一般的・全体的に理解をし、会社から与えられた教育を受けるだけではなく自ら学び続ける人たちであることが、玄人・プロになるための必須条件なのではないでしょうか。
いまや、15歳…中学、18歳…高校、22歳…大学、25歳…新入社員教育と、それぞれの年齢で学びを卒業する時代ではなくなりつつあり、一生稽古・生涯学習の時代になっています。
塾、芸事、教養、幼保・小・中・高・大・院・専門学校教育、企業教育、社会人教育、学びなおし、リスキリング、地域学習、高齢者の学び…学びに関わる中身がどんどん変わろうとしており、一生学ぶ、生涯学習のスタイルになってきているわけです。
これを踏まえると、企業も含めた組織は、学びの機能を日常の活動の中にどう埋め込んでいくかが大きな論点になると考えています。コロナ禍によって学びの中身が変わり、それを一生続けていくことができる仕組みづくりが重要になったというのは、コロナ禍による最も大きな変革の1つと言っていいほどに大きな変化ではないでしょうか。
学びの在り方が変わるなかで、個人だけでなく、会社、町全体、都市についても「学びの機能、学びの場、学びの役割」をどう考え、どうつくり、どう運営するのかが重要になってくることでしょう。
アフターコロナの仕事の再定義
コロナ禍によって顕在化した、テレワークに起因するコミュニケーション問題。コロナ禍以前から顕在化していた、世代ごとの仕事観に起因するコミュニケーション問題。これらの問題を抱えつつも、さらに、情報観が変化し、仕事そのものも変化する中で必要となる知的基盤。その知的基盤を充実化させるために必要なコミュニケーションと変化する学びへの対応。
この複雑な問題を紐解くために、私たちはどのような対応をしていくべきでしょうか。
まずすべきことは、仕事の再定義であると考えます。
「誰が・いつ・どこで・何のために・何を・どのようにすべきか?」を基本として、自分たちとお客さま、社会との関係の見直しや、その会社が持つ共通的価値観の再確認も含まれるでしょう。そのためには、丁寧に仕事を棚卸しすることも必要です。
こうして世代間で共有できていない「暗号表」を作り直し、場所や時間に捉われることがなく、膨大な情報の中から「玉」を掴んでいくコロナ禍後の働き方・仕事の進め方へと適応させていく。こうして仕事が再定義されていきます。
仕事が再定義できれば、次はその定義にもとづいてのコミュニケーションの実施です。
アップデートし共有化された暗号表の活用、視覚情報をいかに確保するかという課題を持ってのオンライン会議など、課題から逃げず、1つずつクリアしながら、新たなコミュニケーションをおこなうことが重要です。
最後にすべきは、コミュニケーションならびに自らの学びによって獲得した情報による知的基盤の充実です。
これによって、ようやく仕事の進め方がアップデートされ、今の時代に応じたビジネスプランを展開することができるようになるのではないでしょうか。
働くための「場」を変化させよう
では、話を最初に戻しますが、このように仕事を再定義し、相手を理解したコミュニケーションを取り、自ら学び、知的基盤を充実させる「場」、仕事をアップデートする「場」は一体どこでしょうか。
それは、建物としては「自宅」であり「会社」であり、はたまた第三の場所であるかもしれません。ですが、コロナ禍前の「自宅」や「会社」が持つ機能だけで、コロナ禍後の社会の変化、人々のニーズに対応していくことは困難でしょう。
そのため、「自宅」や「会社」、そして「第三の場所」といった「場」を変え、仕事をアップデートさせるための機能をつくり直す必要があります。
そしてこのとき、働くための「場」は、テレワークによる地理上の変化と、建物の中身が変わるという二重の変化をしていくことになりますが、次回はこの二重の変化がもたらすものからご説明していきたいと思います。