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コロナ禍後社会はどうなる(第4回:「場」の変化を当たり前に)

コロナ禍後社会はどうなる(第4回:「場」の変化を当たり前に)

新型コロナウイルスの世界的流行は、世界を大きく変えたと言われています。いま私たちも、その新しい世界の中でもがき苦しみ、ときには喜び楽しみながら流れに身を委ねている状態です。では、この流れはどこに行き着くのでしょうか。コロナ禍が終わったとき、この日本社会はどうなっているのか、何が求められていくのか、働き方はどう変わるのか。コロナ禍後社会を研究している社会文化研究家 池永寛明氏にインタビューしました。
連載でお送りしていきます。

プロフィール

池永寛明(いけながひろあき)
社会文化研究家
(元 大阪ガスエネルギー・文化研究所所長、元 日本ガス協会企画部長)

・日本経済新聞 note 日経COMEMOキーオピニオンリーダー
https://comemo.nikkei.com/
・大阪大学 Society5.0 実現化研究拠点支援事業 (一社)データビリティコンソーシアム 事務局長・well-being部会会長
堺屋太一研究室所長
・大学・企業等向けの講演講義多数
・著書(日本再起動」「上方生活文化堂」など)

前回は、コロナ禍によって変化した環境の中で、仕事もまた変わっていくことになるが、その対応をどうすればいいのかということをお話してきました。仕事を再定義し、コミュニケーションを取り、知的基盤を充実させることが重要だというなかで、それにあった「場」が必要であり、いまの「場」をつくり直す必要があるとご説明しました。また、仕事する「場」そのものがテレワークにより地理的に変化しつつあるともお伝えをしてきました。そこで今回は、これらの変化が何をもたらすのかについてお話ししたいと思います。

アイデアをひらめくために

住吉祭大和川

「場」をつくり直すということについて、コロナ禍のなか、会社では仕事の進め方を変えていくために様々な取り組みが行われている会社も多いのではないでしょうか。

ですがこのとき、ビジネス上で重要な事が抜け落ちていることがあります。

 

それは、あなたがアイデアをひらめく「時」と「場」はどうなっていくのだろうか、ということです。

あるいは、玉石混交の情報の中で、目の前にあるのが「玉」だと気づかせてくれるのは誰か、ということです。

 

アイデアについては、1人きりの静かな部屋でリラックスできる椅子に腰掛け、目を閉じていたら次々に湧いてくるという方もいらっしゃることでしょう。ですが実は、アイデアをひらめく瞬間というのは社内外を問わず3ヶ月ぶりや半年ぶりに会った人との会話にあることが多いのです。

これは50年も前に提唱されている理論ですが、以下のように表現されています。

「つながりが緊密な人よりも、弱いつながりでつながっている人の方が、有益で新規性の高い情報をもたらしてくれる可能性が高い」(The strength of weak ties(Granovener(1973))

 

もし、ビジネスにおける着想・発想が「弱いつながりの人」、具体的には新たに会う人や文化・習慣・環境が異なる人から得られることが多いのであれば、そういう人たちと会う「時」と「場」をいかに作るかが重要となります。

ですが、知らない人・異なる人との交流の場を避ける動きは以前から広がっており、コロナ禍がそれを急激に加速させました。以前から近所付き合いが減り、地域の祭などの行事がなくなり、社外の人との接触が減り、社内イベントがなくなり、部署の飲み会も減っていた実感をみなさんもお持ちかと思いますが、コロナ禍以降、こういう「場」が減るスピードが加速しているのもまた、みなさんの実感の通りではないかと思います。

このような中で、どうすれば「弱いつながりの人」との交流の場を作ることができるのでしょうか?

オフィスレイアウトの再定義

さて、第2回でお話しした通り、テレワークが進めば「ワーク」と「ライフ」が溶けあうようになります。前回の第3回ではそれら環境変化を踏まえて「仕事をアップデートすることが必要」とお伝えしましたが、そうなると必然的に、仕事をする「場」としての家とオフィスも変わります。

つまり、家はこれまで「暮らすこと」中心だったが、そこに「働くこと」も加わり、「暮らすこと」との一体化が進む。オフィスは「仕事をこなす場」から「答えを創り出す場」になっていく。このように場が変わっていくと考えています。

 

では、いまここにあるオフィスを「仕事をこなす場」から「答えを創り出す場」につくり直す、すなわちオフィスの再定義を行うにはどうすればいいのでしょうか

 

繰り返しになりますが、コロナ禍による価値観の変化に合わせ、「仕事」のアップデートが必要になります。このための鍵となるのは「知的基盤の充実」であり、そのために必要なものはコミュニケーションです。そして先述した通り、「弱いつながりの人」とのコミュニケーション・交流の場がアイデアをひらめくためには重要です。

これらを踏まえてオフィスを再定義していくなかで、これからは交流スペースが重要になっていくと考えています。

 

昭和・平成時代前半から続く典型的なオフィスは、「仕事をこなす場」として設計されてきました。個人用デスク、すなわち1人用ワークスペースが整然と並ぶ画一的な空間がメインで、「弱いつながりの人」と交流し、アイデアをひらめくための場所として利用するのは困難な空間だったと言えるでしょう。

コロナ禍前の平成時代後半より徐々に、「答えを創り出す」ための空間がオフィスの中に生まれつつありましたが、コロナ禍を契機とした『出社×リモートワーク』のハイブリッドなワークスタイルにあったオフィスにつくり直し、新たに交流スペースを用意する必要がでていています。

交流スペース

豊郷小学校

では、「答えを創り出す場」である交流スペースについて、具体的なアイデアも例示しておきたいと思います。

まず、アイデアをひらめくための場ということであれば、四方を壁に囲まれた従来型の会議室の形態である必要はないでしょう。むしろ、リラックス・リフレッシュができ、他の人の会話が微かに聞こえてくる「健全なノイズ」を包含するようなオープンな環境の方がアイデアをひらめく可能性があります。

オフィスのなかにキッチンを設け、ランチミーティングやパーティーができるようなスペースをつくって、着想・発想を促すこともこれから求められるのではないでしょうか。そもそも「会社」とは「company」の和訳ですが、companyの語源はラテン語の「com(ともに)」と「panis(パンを食べる)」に、仲間を表す「-y」でつくられた言葉と言われています。会社とは「パンを一緒に食べる仲間」という意味なのです。

また、複数人がパソコン作業しながら対話する場合と、オンラインでやり取りする場合とでは「場」に求められるニーズも異なるでしょうし、2人用・3~5人用・10~20人用のように集まる人数規模に応じて、きめ細やかに「場」の設定が求められるようになるかもしれません。

さらには、適度な運動をおこなってフロー状態を生み、クリエイティブ性を高める時空間などを用意するようなアイデアもあるでしょう。

 

このように、オフィスのつくり直し・再定義というのは、1人あたり空間の確保やコストカット、見た目のスマートさ、現代風へのアップデートといったことを目的にオフィスレイアウトを変えることではありません。仕事の仕組み、仕事のスタイル、もっと言えば企業の在り方というものが大きく変わっていくことを見据えながら、オフィスに求められる役割を再定義し、それを踏まえて事務所や建物をアップデートすることなのです

あわせて、膨大な情報が行き交い、働く場所も時間も大幅に自由となるデジタル時代においては、目的・仕事・内容・段階・協業メンバーによって、仕事をする「場」を変えることが当たり前、という認識も持つ必要があります

二重の変化がもたらすもの

多拠点スタイル

さて、テレワークに代表されるように仕事のスタイルが変わり、仕事する場と暮らす場が多様化しています。これをもたらしているのが、オフィスの外で・移動しながら・いつでも・どこでも・暮らす中で働くという、「仕事する場は地理的な制約を受ける必要がない」という仕事観の変化です。

働く場がオフィスから自宅へ変わるだけでなく、場合によってはカフェやホテル、駅や新幹線、カラオケルーム、温浴施設、公園などでも仕事がしたいというニーズが生まれ、仕事をするための機能が求められるようになってきました。

 

また、いまや1拠点ではなく2拠点・3拠点で生活するというスタイルも生まれつつあります。仕事の再定義により、自宅にも1人用ワークスペース・交流ワークスペースとしてのコワーキングリビング・ライフスペースとしてのプライバシースペースの3つの役割が求められるかもしれません。そして、それらの役割をすべて自宅に詰め込むのが難しいので、マンションの共用スペースのワークスペース、地域のコワーキングスペース、セカンドハウスや、旅先でのワーケーションを選択する人も出てきているのです。

オーシャンアローロゴ

では、こうして人々が、ホテルや旅館・海・山・湖など様々な場所で仕事をするようになってくるとどうなるでしょうか。「仕事」が会社・オフィスだけだったことから引き剥がされ、家・自宅、そして自分時間中心の生活になれば、都心と郊外の関係性が変わり、地方にも街の機能の再構築が求められるようになることでしょう

そして第2回でお話ししたように、働く場が変われば、需要も新たな場に生まれます。例えばランチ需要は都心から郊外に移ることになるでしょうが、すでにテレワークが浸透して3年が経ち、近所に飲食店がなく不満を感じている人が出ています。このような問題点が実際に顕在化するなか、「これまで通り」を続けてその不満を放置すれば、その場所から人が離れていくことにもなりかねないのです。

溶け合うワークとライフ その2

第2回において、テレワークによってライフとワークが混ざり合い、溶け合うという説明をしました。これは、タイムラインが変化し、「時」の観点から溶け合うと表現したのですが、「場」の観点でも同じようなことが起こると考えています。

ワークとライフの拡張

つまり、ライフは家という「場」から拡張していく、ワークもオフィスという「場」から拡張していく、そして両者は混じりあい、溶け合っていくのではないでしょうか。

さらに、家・オフィス以外にも第三の場所があり、また旅があります。それらの「場」の新たな使い方としてワーケーションがあります。

他にも、1人ワーク用の「場」では仕事をこなす、チームワーク用の「場」では発想・着想を引き出し、仕事をうみだし、深め、広げる、といったように、目的に応じて「場」を変え、それぞれの「場」の機能を活かすこともあるでしょう。

そうなればライフも同様に、多拠点化が起こりえます。コワーキングスペースやセカンドハウス、フリースペースといった機能を求め、「場」を選ぶように変わっていきます。このように、あらゆるフィールドでボーダーレス化が進んでいくと考えられるのです。

「場」の変化を当たり前に

さて、ここまで、コロナ禍によってコミュニケーションの課題が浮き彫りになり、それを乗り越えるために働く「場」を地理上と建物そのものの二重に変えていこうとお話をしてきました。

ですが、これは決して「コロナ禍を乗り越えるため」ではない、ということをご認識いただきたいと思います。あくまでも、コロナ禍によって「10年前倒しでやって来た2030年」を実現していっているに過ぎず、以前からある潜在的なニーズの反映と、世代や技術が移り変わるなかでの最適解を10年早く探し求めているだけなのです。

だからこそ、これからの10年間はこれまで説明してきたような変化、元には戻らない不可逆的な変化が続くでしょう。パーソナルコンピューターやスマートフォンが浸透したときのように、「これが当たり前、これが普通」の世の中に変わっていくと考えています。

 

そしてまた、その変化は次の価値観の変化を呼び、働く・暮らすための「場」を変え、都市や建物の在り方も変えていくことでしょう。また当然それらは、新たなコミュニケーションスタイル、新たな仕事の進め方、スタイルに適応したものとなっているはずです。

 

そして同時に、変化が続く、周りは変わる、じゃあ自分たちはどうするのか? 自社はどのような提案をし、お客さまとどのように寄り添いながら共創していくのか? が問われています