
人手不足ー【第1部】人手不足の正体
日本全国の企業が直面する「人手不足」。
求人しても応募は集まらず、待遇改善をしても人は定着しない。
しかし、この深刻な状況の根本原因は、人口減少そのものではありません。
本連載では、社会文化研究家・池永寛明氏に全3部にわたり解説をいただきました。
第1部では、日本企業が抱える人手不足の本質、すなわち 「仕事の老朽化」 について詳しくお話しいただきます。
なぜ日本だけが世界と逆の現象を起こしているのか。
なぜ採用を強化しても生産性が上がらないのか。
そして、昭和から続く仕事文化が企業競争力を奪っているのはなぜか。
変革の力は、企業の内側にこそあります。
本記事が、次の一歩を踏み出すための思考の起点となれば幸いです。
目次
プロフィール

池永寛明(いけながひろあき)
社会文化研究家(元 大阪ガスエネルギー・文化研究所所長、元 日本ガス協会企画部長)
(略歴)大阪ガス株式会社理事・エネルギー・文化研究所長・近畿圏部長・日本ガス協会企画部長
(現在)日本経済新聞note 日経COMEMO キーオピニオンリーダー(https://note.com/hiroaki_1959)
関西国際大学客員教授・データビリティコンソーシアム事務局長・Well-Being部会会長・
堺屋太一研究室主席研究員・未来展望研究所長・IKENAGA LAB代表等
(著書) 「日本再起動」「上方生活文化堂」など
人手不足の正体
それは人口問題ではなく、「仕事の老朽化」である
日本中の企業が「人手不足」に悲鳴を上げている。
求人倍率は高止まりし、採用担当者が「応募が来ない」と嘆き、
現場は常にギリギリの体制で回り続けている。
飲食、物流、サービス、製造、建設、医療、介護――
どの産業を見ても、人材難は深刻さを増しているように見える。
だがこの「人手不足」という言葉が、
問題の本質を曖昧にし、
企業に誤った処方箋を与えていると感じている。
なぜか。
日本の人手不足は、人口減少が直接原因ではない。
真因は「仕事の老朽化」である。
仕事の構造が古いまま、30年間アップデートされていないことこそ、人手不足の正体
この“構造問題”を直視しない限り、
給与を上げても、待遇を改善しても、採用を強化しても、
企業は疲弊する一方である。
むしろ人手不足は進行し、組織は崩れていく。
第1部では、
「日本が世界で稀な、人手不足に陥っている理由」
「仕事の老朽化がどのように企業の競争力を奪っているのか」
「昭和の仕事文化がもたらす悪循環」
を掘り下げたい
第1章 世界と日本の「人手不足」に関する構造的な違い
まず、DXやAI先進国である中国やアメリカの動きから見てみる。
●中国
いま中国では、史上最悪の大卒就職難が起きている。
毎年1,000万人以上の大学卒業者が生まれるが
産業構造の変化により、若者たちの行き場がない。
圧倒的な供給過多となっている
●アメリカ
アメリカでは、生成AIによるホワイトカラー業務の置き換えが進み、
大手企業は採用を縮小し、リストラが相次ぐ。
大卒の就職はコロナ以来の最低水準に落ち込んでいる。
こちらも“人が余っている”
●日本
一方、日本は“戦後最悪の人手不足状態”である
新卒は空前の売り手市場。
外国人採用、シニア活用、定年延長、準社員採用、再雇用――
あらゆる労働力をかき集めても、なお足りない。
この中米と日本の“逆転現象”をどう説明するか
人口問題だけを理由にすれば簡単。
だが、それは正しくない。
人口減少は確かに背景要因のひとつだが
決定的な要因ではない
本質は別の深いところにある
第2章 「仕事」が古すぎる
日本企業は“仕事のアップデート”に失敗した
日本はこの30年間、
仕事そのものの方法、構造をほとんど変えてこなかった。
他国が“仕事の再定義”を進めるなか
日本だけが「昭和の仕事」を引きずりつづけた
その象徴が以下のような習慣
• 多重チェック
• 紙・印鑑・FAX
• 報告書が目的化する文化
• 口頭伝承・属人化
• 前例踏襲こそ正しいという空気
• 部分DX → かえってフローが複雑化
• 全体が見えないまま、部分最適化だけが進む
これらは一見すると、日本的、「丁寧さ」や「律儀さ」に見える。
しかし実態としては
仕事を遅くし、煩雑にし
『その仕事をする意味』を消し去る構造になっている
たとえば
ミス防止のための“チェック”が3重・4重となり
報告書が3種類に増え
決裁も印鑑も増えていく
だが、そのことを誰も疑わない
なぜならば「前から、ずっとつづけてきたから」
第3章 老朽化した仕事が、人を遠ざけている
仕事が古いままだから、人が集まらない。
仕事が複雑で分かりにくいから、人が育たない。
仕事に意味を感じられないから、人が辞めていく。
そして辞めた人の数だけ同じような人を採用するが
また同じ理由で辞めていく
その繰り返し
この悪循環は
人口が減った現在だから起きているのではない。
仕事が魅力的でなく、若手が育つ構造になっていないから起きている。
だから
給与を上げても、処遇を良くしても、休みを増やしても
それで根本解決にはならない
第4章 DX・AIが「仕事を複雑化させる」という悲劇
近年、DX・AIが流行語のように使われるようになった。
だが、その多くは
昭和の仕事の上に“システムを上乗せしただけ”である
すると、なにがおきているかというと
• アナログとデジタルが共存し
• 情報が二重化、三重化し
• 余計に仕事がややこしくなる
つまり
DXを導入すればするほど業務が混乱するという逆効果が起きている
根本原因は
「仕事そのものを再設計してからDXを導入する」
という順番を踏んでいないこと
第5章 いま日本企業は“臨界点”にきている
採用しても採用しても人が足りない。
生産性が上がらないまま、人件費だけが増えていく。
現場は疲弊し、経営も疲弊していく
この状態は
「機能不全の段階」を超え、
“時代に取り残される段階” に入った。
世界がすでに、
DX・生成AI・ロボット・メタバース・リモートで
仕事、会社の構造そのものを作り直しているのに
日本だけが「昭和の仕事」をつづけている。
これは、企業存続の危機を意味する。
第1部のまとめ
日本の人手不足の本質は「仕事の老朽化」が原因である。
仕事を再定義しない限り、どれだけ採用しても企業は再起動できない。
人手不足とは、仕事・会社のあり方を根本から問い直すタイミングである。
(次号につづく)
