有事に企業を止めない─BCPとレジリエンス再構築の時代へ(第1回:「BCPの重要性と過去の教訓」)
今、私たちはめまぐるしく変化する時代のなかで、生き抜く力が求められています。
これからの時代において、企業はどのように自らを守り、持続的に成長していけばよいのでしょうか。
特に、有事への対応力――すなわちBCP(事業継続計画)の重要性が、いま改めて注目されています。
今回の全3回連載では、東日本大震災から得られた教訓をもとに、企業がいかにレジリエンスを再構築し、未来のリスクに備えるべきかについて、社会文化研究家・池永寛明氏にお話を伺いました。
私たちが直面する“見えないリスク”や急速に変化する環境に対して、いかに「止まらない会社」を築くことができるのか。池永氏には、実践的な視点から語っていただいています。
BCPの再設計や業務の“見える化”、さらにはエネルギー戦略の重要性にも焦点を当て、BCPを企業の未来戦略としてどう位置づけるべきかを探っていきます。
本記事を通じて、皆さまが自社のBCPを見直し、新たな一歩を踏み出すきっかけとなることを願っています。
プロフィール
池永寛明(いけながひろあき)
社会文化研究家(元 大阪ガスエネルギー・文化研究所所長、元 日本ガス協会企画部長)
(略歴)大阪ガス株式会社理事・エネルギー・文化研究所長・近畿圏部長・日本ガス協会企画部長
(現在)日本経済新聞note 日経COMEMO キーオピニオンリーダー(https://comemo.nikkei.com/)
関西国際大学客員教授・データビリティコンソーシアム事務局長・Well-Being部会会長・
堺屋太一研究室主席研究員・未来展望研究所長・IKENAGA LAB代表等
(著書) 「日本再起動」「上方生活文化堂」など
2011年3月11日──
東日本大震災は、日本社会と産業の構造を一変させました。
それは単なる自然災害にとどまりませんでした。
エネルギーシステムの脆弱性、サプライチェーンの崩壊、情報伝達の途絶、そして人と人との関係の断絶。
あれから14年──
生成AI、リモートワーク、脱炭素化が進展する2025年の日本では、有事の姿も大きく変容しています。
もはや「もしもの備え」ではなく、
「いつか必ず訪れる」災禍に、企業は“存在理由”そのものをかけて挑む時代に入りました。
AI・DX時代における新しいBCPの再設計、
業務構造のリエンジニアリング、
そして人と機械の“役割の再定義”。
こうした視座を通じて、「企業のレジリエンス力」を再構築するためのヒントを探っていきます。
第1章|東日本大震災は、何を変えたのか?
電力喪失が社会機能を同時停止させた──その教訓とBCPの原点。
2011年3月11日 午後2時46分、大地震が発生。
その67分後、高さ21.1mの津波が東北沿岸を襲いました。
この瞬間、私たちは知ることになります。
「電力が止まると、社会が止まる」という現実を。
都市の機能は一瞬にして喪失しました。
ATM、信号、病院、サーバー、冷蔵庫、物流倉庫──
あらゆる「当たり前」が消えていったのです。
とりわけ深刻だったのは、
・エネルギーがなければ情報が伝わらない
・判断できない
・動けない
という事態でした。
この大震災が突きつけたのは、
エネルギー・情報・人材という異なるリスクが複合し、
社会が“同時停止”する危機そのものでした。
以後、「BCP(事業継続計画)」という言葉が広く知られるようになります。
しかし──14年が経過した今、改めて問われています。
「同じような地震が起きたとき、今度こそ私たちは対処できるのか?」
第2章|2025年の有事は“見えない形”で企業を襲う
AI・DX化・分業化でブラックボックス化した業務リスクの可視化。
現在の有事は、2011年当時とはまったく様相が異なります。
生成AI、IoT、クラウドの進展により、
企業の重要インフラや業務プロセスは「見えない場所」に集中し、
不可視化(ブラックボックス化)が進んでいます。
【現在地──新たなリスク】
■ 南海トラフ地震:発生確率30年以内に80%
■ AIによる「可視性なき高稼働環境」が常態化
24時間稼働のデータセンター、
常時接続が前提の顧客対応AI、
遠隔モニタリング──
AIの稼働率は飛躍的に向上していますが、
その運用実態や障害時の対応能力は、一部の組織内に閉じ込められています。
■ 業務の極端な分業化・属人化
「誰が」「どの業務の責任者」なのか、
「何が止まれば事業が止まるのか」を現場が把握できていない。
■ DX導入により「仕事の意味」が共有されていない
多くの業務がクリック操作や自動化によって工程が省略。
作業は行われているものの、「なぜそれをやっているのか」が分からない。
■ 人手不足とスキル継承の断絶
熟練工が減少。
新人や転入者がノウハウを学ぶ時間も場も不足している。
有事の際に必要な「判断と実行」ができない恐れがある。
こうした状況下で、有事が発生した瞬間、
誰も判断できない
何を守ればよいか分からない
復旧の方法が見えない
という、「突然の崩壊」が起こりかねないのです。
(次号につづく)