有事に企業を止めない─BCPとレジリエンス再構築の時代へ(第2回:「BCPの再設計と業務の観える化)
「止まらない会社」はどうつくるのか。
いま、企業には “生き抜く力” が問われています。
地震・風水害・パンデミック・サイバー攻撃・サプライチェーン寸断──
有事は複雑化し、そして「連鎖する時代」に入りました。
かつての 「BCP=災害対策マニュアル」 では、もう立ち行かない。
AI・DX時代、エネルギー自立・分散化の時代にふさわしい、
「動き続けられる企業」「再起動できる企業」 への進化が必要です。
本シリーズでは、社会文化研究家・池永寛明氏へのインタビューを通じて、「未来志向型BCP再設計」の視座と実践ステップ を、全6章にわたって解説します。
これからの企業経営に不可欠な、“未来戦略としてのBCP” のあり方をともに考えていきます。
目次
プロフィール
池永寛明(いけながひろあき)
社会文化研究家(元 大阪ガスエネルギー・文化研究所所長、元 日本ガス協会企画部長)
(略歴)大阪ガス株式会社理事・エネルギー・文化研究所長・近畿圏部長・日本ガス協会企画部長
(現在)日本経済新聞note 日経COMEMO キーオピニオンリーダー(https://comemo.nikkei.com/)
関西国際大学客員教授・データビリティコンソーシアム事務局長・Well-Being部会会長・
堺屋太一研究室主席研究員・未来展望研究所長・IKENAGA LAB代表等
(著書) 「日本再起動」「上方生活文化堂」など
第3章|形式的なBCPでは「止まらない会社」はつくれない
今こそ求められる「機能するBCP」への再設計。
「BCPはすでに策定済みです」──これは多くの企業からよく聴く言葉です。
しかし、そのBCPは「東日本大震災後にとりあえず作った」「上場企業として整えておくべきだから」という形式的な理由で作成されたものも少なくありません。
本当に重要なのは、BCPが “いまの事業環境・経営課題・業務構造・エネルギー依存構造” に即して策定されているかどうかです。
社会も、業務も激変しています。
・テレワークの常態化
・DX・生成AIの導入
・熟練者の退職
・年功序列制の崩壊
・要員のアンバランス
・業務の委託・分業化
こうした変化の中で、多くの企業では「業務の実態」が経営層から見えづらくなっているのが現状ではないでしょうか。
BCPを“機能する計画”に再設計するには、次の6つのステップが不可欠です。
「1週間自給」のエネルギー構想──“止まらない設計”が企業を救う
エネルギーを“動脈”ととらえた、多層的エネルギーBCP戦略。
第4章|BCP再設計・6つのステップ【実践編】
業務棚卸し・役割再設計・復旧優先順位づけ・AIとの協働設計──具体的なBCP再構築手法。
ステップ① 有事における「会社の状況」「自社への期待」を想定する
まず、有事発生時に 自社・社会・地域・顧客がどうなっているのか を時系列で想定します。
発災直後 → 3時間後 → 半日後 → 1日後 → 2日後 → … → 1週間後
その間、社会や顧客は 「自社に何を求めてくるのか」?
そのとき 「自社は何をなすべきか」?
この具体的な想定からスタートします。
ステップ② 業務の棚卸し=「観える化」
必要なのは、業務全体・業務の流れの棚卸しです。
経営層・管理者・現場メンバーが一堂に会し、有事を見据えて業務マップを作成します。
視点例:
・自社は社会において何を求められているか?
・業務の全体像・流れは見えているか?
・マニュアルは実用的か?
・有事時に業務はどうなるのか?
・どの業務が 設備・人材・IT・エネルギー に依存しているか?
・外注工程のうち代替できないものは?
・属人業務は存在していないか?
「業務単位」で棚卸し → 業務マップ化 → 観える化
これによって初めて
・現場で何が起きているのか
・誰が担っているのか
・どこにリスクがあるのか
が浮き彫りになります。
特に大切なのは 「人の動き」 を把握すること。
現場の理解こそが 生きたBCPの要です。
ステップ③ 有事でなすべきことと「最重要負荷」の特定
業務マップ作成後、有事に必要な業務を特定し、それを支える最重要エネルギー負荷を明確化します。
例:
・病院 → 救急救命室・オペ室の照明・電源
・医療的ケア児施設 → 冷暖房が継続する「停電シェルター」
・大学 → 学内データベースと重要資源倉庫の電源
・製薬会社 → 薬品冷蔵倉庫・
・食品工場 → 製造ライン・冷蔵倉庫
重要なのは、これらのシステムを 「有事専用」ではなく平時にも機能させることです。
ステップ④ 重要業務の優先順位づけ(RTO/RPO)
業務マップ・重要負荷特定後、復旧の優先順位を設定します。
・RTO(Recovery Time Objective) → 復旧目標時間
・RPO(Recovery Point Objective) → 許容されるデータ損失時間
例
・顧客向けシステム → 1時間以内
・社内会議予約システム → 3日以内
重要業務には
・IT・エネルギーの二重化
・ガスコージェネ/蓄電池等のバックアップ
・訓練された交代・応援要員とマニュアル整備
が求められます。
資源に限りがある以上、「何を守るか/何をあきらめるか」 の合意が不可欠です。
ステップ⑤ 人とAI・ロボットの役割分担設計
・人 → 判断力・創造力・対話力
・AI → 反復作業・検索・予測
AIに「何を任せるべきか」を明確にする設計が重要です。
例
AI・ロボットに委ねる業務
・顧客応答
・業務スケジューリング
・情報分析・編集
・異常検知
・データ分析
人にしかできない業務
・安全判断
・例外時の意思決定
・感情を伴う対話
・トラブル時の関係調整
BCPにおいては、意図的な “非自動化”(余白の設計)が重要です。
BCPとは 「非効率を設計するマネジメント」 でもあります。
ステップ⑥ 業務フローのリエンジニアリング
最後は 業務そのものの見直しです。
問い例
・そもそもこの業務はなぜ必要なのか?
・その手作業はなぜ残っているのか?
・属人手順を「誰でもできる手順」にできないか?
例
請求書発行が10工程 → 3工程に再設計 → マニュアル化・動画化・AIチャット対応へ。
訓練とPDCAサイクルの実装
BCPは 「作っただけ」では機能しません。
・実動訓練
・計画 → 実行 → 検証 → 改善(PDCA)
これを “業務の一部” として組み込み、BCPの体質化 が必要です。
まとめ
BCPは“業務の観察”から始まる。
単に災害を想定するだけでは不十分です。
・平時の業務全体像
・業務の流れ
・人の動き
これらが見えてこそ、BCPは実効性を持ちます。
現場に足を運び、話を聴き、仕事の流れを“線”で捉え直す。
その際は必ずお客さま視点 で 出口(ゴール)から逆算して整理します。
BCPの本質は──
・従業員の命を守る
・お客さまを守る
・会社を守る
ためのものです。
「止まらない会社」 ではなく、
「止まっても再起動できる会社」 をつくること。
その力は、モノと人の観察と業務再設計 から生まれます。
(次回、最終回に続く)